回復しているはずなのに、つらい──摂食障害からの回復中に感じるつらさの理由

カウンセリングを受けたり、入院や外来治療を始めたりして、少しずつ症状が落ち着いてきた。
「前よりも食べられるようになった」「あまり吐かなくなった」「体重が安定してきた」。
そんなふうに、少しずつ「変化」が見えてきたとき――なぜか、気持ちが不安定になったり、つらく感じたり、
中には「前よりも苦しい」と感じる人もいます。

「治ってきたと思っていたのに…」
「また戻ってしまったのかな」
「私だけ、うまくいかないんじゃないか」

そんなふうに、自分を責めたくなる気持ちになるかもしれません。

でも実は、それは「後退」ではなく、「感じる力が戻ってきたからこそ起こる反応」なのかもしれません。
今回は、「ポリヴェーガル理論」という神経系の働きに関する考え方をもとに、摂食障害の回復の過程で起こる「心と身体の揺れ」を、優しく見つめ直していきます。

この記事を書いた人

上畠 真紀
公認心理師、精神保健福祉士

経験
18年以上のカウンセリング経験(精神科・心療内科)
専門分野
摂食障害、気分障害、トラウマ、対人関係

目次

私たちの神経系には「生きのびるためのモード切り替え」がある

ポリヴェーガル理論という神経科学の考え方では、私たちの体と心の状態は、「安心」「戦う・逃げる」「シャットダウン(凍りつき)」という3つの神経状態の間を行き来しているとされています。

これは、自律神経(無意識のうちに体の状態を調整してくれている神経)の反応であり、すべて「生きのびるための知恵」として起こるものです。

この神経系の働きは、摂食障害とも深い関係があります。

① 安心・つながりモード(ふか〜く息ができるとき)

この状態のとき、心と体は「大丈夫だ」「安心できる」と感じています。

専門的には「腹側迷走神経」という部分がよく働いていて、リラックスして人とつながろうとする力が自然と出てきます。

  • 呼吸がゆっくりで、体がリラックスしている
  • お腹がすいたり、食事を美味しく感じられたりする
  • 誰かと話したくなる、人とつながっていたい気持ちになる
  • 食事が「ちゃんと味わえる」

摂食障害の回復でも、この安心モードに少しずつ戻ってこられることがとても大切です。
たとえば、「自分の体にちょっとやさしくなれた気がする」「人と話すのが怖くなくなった」などの変化があったとき、体はこの安心のモードに入っているのかもしれません。

でも、つらい経験や人間関係の傷つきがあると、このモードが働きにくくなることもあります。
「安心できるはずの場なのに、どこか緊張してしまう」「味がよくわからない」――
それは、安心のモードに入りづらくなっているサインかもしれません。

② 緊張・がんばりモード(体が戦いモードになってるとき)

この状態のとき、体は「何か危ない!」「逃げなきゃ、戦わなきゃ!」と判断して、すぐに動けるように備えているときです。

専門的には「交感神経」が強く働いている状態で、心も体も常に緊張しています。

  • 呼吸が浅くなり、ドキドキが強くなる
  • 体がこわばる、そわそわして落ち着かない
  • イライラしたり、不安になったり、焦ってしまう
  • 食事では「ドカ食い」や「止まらない過食」が起きることも

実は、過食や過食嘔吐の前って、こうした緊張モードが強くなっていることが多いのです。
「食べたいのに、食べたらダメ」と自分を責めたり我慢し続けると、ストレスが限界をこえて、“一気に爆発するように食べてしまう”こともあります。

また、食べたあとに「なんで食べちゃったんだろう」と自分を強く責めたり、罪悪感におそわれるのも、このモードが続いているときに起こりやすい反応です。

③ 凍りつき・感じなくなるモード(心と体のスイッチが切れたみたいなとき)

この状態では、体と心が「もうこれ以上感じるのはつらすぎる」と判断し、すべての感覚をシャットダウンしようとします。

専門的には、副交感神経の中でも「背側迷走神経」が強く働いている状態です。

  • ぼーっとする、やる気が出ない
  • 感情も体の感覚も、よくわからなくなる
  • お腹がすいてるのかも、満たされてるのかもわからない
  • 「食べること」そのものがこわくなる、口に入れるのがつらくなる

拒食症の方が「食べるのが怖い」「お腹がすいてるのかわからない」と感じるとき、
体と心がこの“凍りつきモード”に入っている可能性があります。

また、過食嘔吐をくり返したあとに「感情が空っぽになった」「何も感じない」ような状態になるのも、
この心と体が「シャットダウン」しているサインです。

回復の中で起こる「揺れ」も、神経系の自然な反応

このように、摂食障害の症状と神経系の反応は密接に関係しています。

そして、摂食障害の回復過程でも、この神経系の働きがとても大きな影響を持っています。

過食や拒食といった症状は、心や体が「危険だ」「怖い」と感じたときに、あなたを守るために出てきた反応です。
だからこそ、食事を摂れるになり身体が安心してきたり、カウンセリングや身近な人との穏やかな時間などを通して少し安心できる場ができると、今まで凍りついていた感覚が溶け始めます。
でも同時に、「本当は感じたくなかったもの」にも触れることになります。

たとえば──

  • 今まで「食べられなかった」人が、食べられるようになってきたとき
  • 「過食衝動が少し落ち着いてきた」「吐かずに過ごせる時間が増えてきた」など、行動に少しずつ変化が見えてきたとき

その後に、「気持ちが不安定になる」「また食べたくなる」「人と関わるのが怖くなる」といった反応が出てくることがあります。

これは、「せっかく頑張っているのに、また症状が戻ってしまった…」と自分を責めたくなるような体験かもしれません。
でも、それは今までずっと緊張して気を張り、感じないようにして自分を守ってきた心と体が、少しずつ「安心と危険の間」を行き来できるようになってきた証です。

つまり、あなたの中に「感じる力」が戻ってきたからこそ、そうした揺れが起きるのです。
ずっと閉じ込めていた感情や身体の感覚が、食事や人との関わりを通して動き出す。
これは、ずっと心や体が緊張して「怖い」と感じていたり、何も感じないようにシャットダウンしていた状態から、少しずつ安心を取り戻し、動き始めているサインでもあります。

体の中でも「変化」が起きている

心の回復が進むと同時に、体の中でも変化が起きてきます。
これまで長期間にわたり、食事を制限したり、過食や嘔吐を繰り返したりしていたことで
、消化器官や内臓、ホルモンバランス、自律神経のはたらきが変化し、エネルギー代謝も低下していることがあります。

そこに食事が入ってくると――

  • お腹が張る
  • 胃が重い
  • 便秘や下痢になりやすくなる
  • ガスがたまりやすい
  • 食後の眠気やだるさが強くなる

など、さまざまな反応が出ることがあります。

これは「食べたから悪くなった」のではなく、食べ物のある状態にまだ慣れていない体が戸惑っている状態なのです。

「やっぱり、食べると体に悪いのかも」と不安になるかもしれませんが、それは体が“飢餓状態”から“安心して栄養を吸収するモード”に移行しようとしている過程です。

消化や吸収といった機能は、リラックスしているとき(=安心モード)にだけ働くもの。
長いあいだ緊張や防御の状態にあった体にとって、「食べること」は慣れていない挑戦なのです。

ですから、こうした身体反応が出てきたときも、「ああ、体が目を覚まし始めているんだな」と優しく受け止めてあげることがとても大切です。

過食嘔吐をやめたあとの「むくみ」も回復の一部

過食嘔吐をやめた方によく見られる変化として「むくみ」があります。

嘔吐によって体内の水分・電解質バランスが崩れていたところに、急に安定した食事が入ってくると、
体はそれを「一気に吸収しよう」とするため、一時的に水分をためこむ反応が起こります。

多くの方が、次のような変化や気持ちに戸惑いやつらさを感じます:

  • 顔や手足がパンパンに腫れたような感じがする
  • 体重が短期間で増えたように思えて不安になる
  • 鏡を見るのがつらくなる
  • 「やっぱり吐いた方がよかったかも…」という思考がよぎる

そんな反応が出てくると、「やっぱりやめなきゃよかった」「また嘔吐したい」と思うかもしれません。
でもこれも、体が回復しようとしているサインなんです。

体が「飢餓状態ではなくなった」と判断するまでには少し時間がかかります。
それまでは、水分や栄養を一気にため込みやすくなりますが、数週間〜数ヶ月で落ち着いていくことが多いです。

この時期は、心だけでなく体にも寄り添いが必要です。
なるべくゆったりと過ごし、体を冷やさず、水分をしっかり摂りながら、体の働きを応援してあげてください。

「感じられるようになった」あなたは、確かに回復のプロセスを進んでいる

摂食障害の回復には、「○○ができたら治った」「体重が戻ったら治った」といった、目に見えるゴールが見えづらいものです。 

だからこそ、不安になったり、「ちゃんと回復してるのかな」と疑ってしまったりするのも自然なことです。

でも、たとえ気持ちが不安定になったとしても、
また症状が出てしまったように思えても、
それは決して「元に戻った」わけではありません。

でも、もう一度、思い出してみてください。

  • 感情を感じるのがこわい
  • 食べることに違和感がある
  • 身体の反応に戸惑っている

それはすべて、今まで閉じ込めていたものが出てきたからこそ、感じられるようになった反応です。

そして、そうした揺れに気づけるということは、それだけ自分の内側と、少しずつつながり始めている証でもあります。

凍りついていた感情や身体の感覚に触れられるようになってきた。 

それ自体が、すでに回復のしるしなのです。

「治る」とは、症状がすべてなくなることではありません。 

本当の意味での回復とは、自分の感情や体の反応に少しずつ気づけるようになること。 

それが、あなた自身を取り戻すプロセスです。

最後に

摂食障害は、「治ること」がゴールではなく、
「自分自身とどう出会いなおすか」の旅でもあります。

そして、その旅の途中で現れる心の揺れや身体の反応は、あなたが今まさに“回復のまっただなか”にいることを教えてくれる大切なサインでもあるのです。

もし今、つらさや戸惑いを感じているとしても、
それはあなたの内側が、「もう感じても大丈夫かもしれない」と、そっと知らせてくれているのかもしれません。

焦らなくて大丈夫です。
「後戻りしてしまった」と感じるときも、深呼吸して、自分の中に起こっていることをやさしく見つめてみてください。

今のあなたが抱えているつらさも、揺らぎも、
本当はこれまであなたを守ってきてくれた「大切なやり方」だったのです。
それがあったから、ここまで生きてこられた。
それが今、少しずつ違う形に変わろうとしているだけ。

もしまた食べることが苦しくなっても、
感情があふれそうになっても、
それも「ちゃんと感じることができるようになってきた」あなた自身の力です。

あなたの体も心も、ちゃんと生きようとしています。
そして、そのプロセスを誰かと分かち合えることが、
きっとあなたの回復を、また少し進めてくれるはずです。

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