「過食をやめたい」「いつになったら食べ物のことを考えなくなるの?」
摂食障害の回復を考えるとき、そんな疑問を抱く方は多いかもしれません。
多くの人が「衝動が起こらなくなること」「食べ物のことを考えなくなること」を“回復”と感じます。
でも、実際の回復とは、“波がなくなること”ではありません。
むしろ、波と共に生きる力を取り戻していくプロセスなのです。
今回は、衝動の波(過食や食べられない気持ち)、感情の波との向き合い方を通して、「本当の回復」とは何かを考えていきます。

上畠 真紀
公認心理師、精神保健福祉士
経験
18年以上のカウンセリング経験(精神科・心療内科)
専門分野
摂食障害、気分障害、トラウマ、対人関係
波がなくなることが「回復」ではない
摂食障害の苦しみの中で、多くの方が「もう波が来ないようにしたい」と願います。
衝動や感情の波に振り回される苦しさ、罪悪感、無力感。
そのつらさを思えば、「安定」や「平穏」を求めるのは自然なことです。
しかし、本当の安定とは、波が完全に消えることではありません。
波が来ても自分を見失わずにいられること。
波の中でも「私はここにいる」と感じられること。
波は“敵”ではなく、“今の自分の状態を教えてくれるサイン”。
その見方が少しずつ変わっていくことこそ、回復の始まりです。
衝動の波は、“生きようとする身体の反応”
「どうしてまた食べてしまったんだろう」と自分を責めてしまうことはありませんか?
でも、過食や制限の衝動は、実は“生きようとする身体の反応”です。
長期間、ストレスや飢え、感情の抑圧が続くと、身体は命を守るために「食べたい」「満たしたい」という信号を出します。
これは生理的にも裏づけがあり、ストレスホルモン(コルチゾール)や食欲を高めるホルモン(グレリン)が関係しています。
つまり、「もう我慢したくない」「もう安全になりたい」訴えているサインでもあります。
衝動を敵視せず、「生きようとする力の表れ」として受け止めること。
そうして身体と敵対せず、「今、私の身体が何かを伝えようとしているんだ」と、味方として関わり直していくことが、回復の第一歩です。
※ホルモンと摂食障害の症状についての説明はこちらの記事で詳しくお伝えしています。

感情の波は、“心が再び動きはじめたサイン”
衝動の奥には、しばしば感じきれなかった感情があります。
たとえば、
- 仕事でミスをして落ち込んだときに「もうどうでもいい」と過食してしまう
- 家族の一言にモヤモヤして、気づいたら無意識に食べていた
- 頑張っているのに報われない気持ちのあとに、食べたい衝動が強くなる
これらはすべて、衝動の裏に、「悲しい」「悔しい」「寂しい」「怒っている」「虚しい」といった感情の波があるというサインです。
回復が進むと、抑えてきた感情が少しずつ表に出てきます。
これまで食や行動で押し込めていた感情が、少しずつ浮かび上がってくるのです。
それは決して“後退”ではなく、“心が再び動きはじめたサイン”。
感情を感じることは、心が麻痺から回復し、「再び息をしはじめること」なのです。
過食スイッチと衝動の波のちがい
「過食スイッチ」と「衝動の波」は、実は少し違います。
過食スイッチ:心や身体が「もう耐えられない」と判断し、食べる行動へ移る“きっかけの瞬間”
衝動の波:そのスイッチが入ったあとに起こる、「食べたい」「やめたい」「苦しい」といった心身の揺れ
たとえるなら、
• スイッチ=火山の噴火が起きる瞬間
• 波=噴火のあとの余熱や揺れのようなもの。
まずは「今、スイッチが入ったんだな」と気づくだけでも十分。
その“気づき”が、波を扱う最初の力になります。
その「スイッチが入る瞬間」と「止めようとして苦しくなる仕組み」については、こちらの記事で詳しくお伝えしています。

【回復のステップ】衝動と感情の波を感じられるようになるまで
回復のステップ①:波にのまれてしまう時期
- 波が来るたびに行動に移してしまう時期
- 過食や嘔吐を繰り返し、自己嫌悪におちいる
- 心と身体がひとつに巻き込まれている状態
大切なのは、「なぜこんな自分なんだろう」と責めるよりも、「それだけつらい思いをしてきたんだ」と理解してあげること。
波にのまれるのは“弱さ”ではなく、“守る力”のかたちでもあります。
回復のステップ②:「今、波が来てる」と気づけるようになる
- 「あ、今、過食したくなってる」と気づける瞬間が出てくる
- 気づくことで、衝動と自分の間にわずかなスペースが生まれる
- 波を“敵”ではなく“現象”として見る力が育ちはじめる
たとえば、仕事帰りの電車の中で、頭の中に「帰ったら食べよう」という考えがよぎる。
そのときに「今、波が来てるんだな」と気づくことで、ほんの一瞬「間(ま)」が生まれます。
そのわずかな時間が、衝動と自分の間にスペースをつくり出します。
回復のステップ③:波を感じながらやり過ごす
- 「今すごく食べたい。でも、5分だけ待ってみよう」
- 「まずはお風呂に入ってから考えよう」
- 「ノートに今の気持ちを書き出してみよう」
こうした“少しだけ待つ”経験の積み重ねが、心の回復力を育てます。
うまくいかない日があっても大丈夫。
「感じながらも、すぐ行動しなかった」という経験を少しずつ積み重ねることが、心の回復力を育てていきます。
回復のステップ④:波の奥にある感情に気づけるようになる
- 「本当は寂しかった」「悔しかった」「情けなかった」など、感情が見えてくる
- 涙や怒りが出てくるのは、凍っていた心が少しずつ溶けていくサイン
そのとき、涙が出てくるかもしれません。
怒りや悲しみを感じて戸惑うこともあります。
でもそれは、心が凍っていた部分が少しずつ溶けていくサイン。
感情を感じることは「崩れること」ではなく、「生き返ること」に近いプロセスです。
回復のステップ⑤:波を怖がらなくなる
- 「波が来ても大丈夫」と思えるようになる
- 衝動も感情も、自分の一部として受け止められる
波が消えるのではなく、波と共に生きる方法を知る段階です。
このとき、あなたの中に“回復の安心”が根を張り始めています。
この段階になると、「波をなくすこと」よりも「波を扱えるようになること」が、回復の本質だと感じられるようになります。
衝動の波が静まるとき、何が起こっているのか
「最近、過食の衝動が減ってきた」「前より落ち着いている」──そんな変化を感じたら、
それは身体が安心を取り戻しているサインです。
生理的にも心理的にも「もう守らなくても大丈夫」と感じられるようになると、衝動は自然に静まっていきます。
ただし、その段階でも感情の波は残ります。
それは、「感情を感じても崩れない」ための心の土台ができてきた証拠。
「まだ揺れる」ということは、むしろ次のステージへ進んでいるサインです。
まとめ
摂食障害の回復は、食べることをコントロールする練習ではなく、
「衝動の波」と「感情の波」を感じながら、自分を保てる力を育てていくプロセスです。
衝動は、あなたを守ろうとする心のサイン。
感情は、本来の自分を取り戻すための道しるべ。
どちらも、あなたの中にある大切な声です。
波のある日も、静かな日も、どちらもあなたの回復の一部。
そのすべてを受け入れながら、あなた自身のペースで歩んでいきましょう。
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