摂食障害の家族として、「何を話したらいいのかわからない」「食事や体重の話ばかりになってしまう」と悩むことはありませんか。
摂食障害になると、ご家族は日々、さまざまなことが心配になります。
「今日は食べられたかな」
「また痩せていないかな」
「体調は大丈夫かな」
「病院には行った方がいいのかな」
少しでも良くなってほしい。
悪化してほしくない。
何かできることがあるなら、してあげたい。
そう思うからこそ、どうしても食事や体重、体調などに目が向きやすくなります。
それは、とても自然なことだと思います。
けれど、そうした日々が続いているうちに、気づけば家族の会話まで、摂食障害のことばかりになっていることも…。
今回は、そんなときに少し意識してみてほしい、「普通の会話」について考えてみたいと思います。
「今日は暑いね」
「この前のドラマ、見た?」
「こんなことがあったよ」
そんな、病気とは直接関係のない、日常の何気ないやり取りです。
一見、回復とは何の関係もないように思えるかもしれません。
けれど、こうした時間が、摂食障害だけではないその人との関係を残しておくことにつながることがあります。

上畠 真紀
公認心理師、精神保健福祉士
経験
18年以上のカウンセリング経験(精神科・心療内科)
専門分野
摂食障害、気分障害、トラウマ、対人関係
気づけば、会話が「摂食障害のこと」ばかりになっていく
摂食障害を抱えるご本人と暮らしていると、家族が症状を気にするのは当然のことです。
食べられているのか。
体重が落ちていないか。
体調は悪くないか。
治療はどうなっているのか。
とくに状態が不安定なときには、「何か見逃してはいけない」という気持ちも強くなるでしょう。
だから、
「今日は何を食べた?」
「ちゃんと食べられた?」
「体重は?」
「体調は大丈夫?」
と確認したくなることがあります。
責めたいわけではなく、むしろ、心配しているからこそ聞きたくなるのだと思います。
けれど、こうしたやり取りが積み重なっていくと、家族の中で交わされる言葉の多くが、いつの間にか「摂食障害に関すること」になっていってしまう。

心配されることが、本人には苦しくなることがある
家族から心配してもらうことは、本来であれば安心につながるものでもあります。
けれど、摂食障害を抱えていると、それがいつも安心として受け取れるとは限りません。
「また心配をかけている」
「ちゃんとできていないと思われている」
「食べたかどうかを見られている」
そんなふうに感じることがあります。
以前の記事「拒食症の家族はどう関わればいい?」でも書いたように、摂食障害を抱える方の中には、「助けてほしい」という気持ちと、「助けられることが苦しい」という気持ちが同時に存在することがあります。
心配してほしくないわけではない。
でも、心配されると苦しい。
そのため、家族にとってはただの「大丈夫?」という言葉でも、その日の本人の状態によっては、責められたり、確認されたりしているように感じることがあります。
ここには、家族の意図と本人の受け取り方の間に、少しすれ違いが起きています。
どちらが悪いということではありません。
心配する家族の気持ちも本当であり、それを苦しく感じる本人の気持ちもまた、本当なのだと思います。
「病気の自分」だけを見られているように感じることもある

摂食障害が長く続くほど、本人だけでなく、家族の生活も症状を中心に動きやすくなります。
今日は食べられた。
今日は食べられなかった。
今日は元気そうだった。
今日は調子が悪そうだった。
少し安心した。
また心配になった。
そうやって、家の中の空気まで症状に左右されるようになることがあります。
でも、その人は摂食障害を抱えているだけの存在ではありません。
好きなものがあったり、
興味のあることがあったり、
面白いと思うことがあったり、
どうでもいいことで笑ったり。
病気とは関係のない、その人自身の日常があります。
それなのに、家族から向けられる関心まで食事や体重、体調のことばかりになっていくと、
「私は病気のことしか見てもらえていない」
そんな感覚になってしまうこともあります。
だからこそ、病気とは関係のない、その人自身に向けられる言葉や時間を残しておくことも大切なのだと思います。
「普通の会話」が残してくれるもの

普通の会話といっても、特別な話題を用意する必要はなくて、
「今日、暑かったね」
「テレビでこんなのやってたよ」
「この前言ってたの、どうなった?」
「これ、ちょっと面白かった」
そんな何気ないことが、実はとても大切だったりします。
こうした会話は、摂食障害を治すための会話ではありません。
食べられるようにするためでも、本人の考え方を変えるためでもありません。
だからこそ、そこには、評価されたり、何かを変えられたりしない時間が生まれることがあります。
そして、その何気ないやり取りは、「あなたと私は、摂食障害について話すためだけの関係ではない」ということを、言葉で説明せずに伝えてくれることも。
病気について話していなくても、一緒にいられる。
何かを改善しようとしなくても、言葉を交わせる。
そうした時間が残っていることは、ご本人にとっても、ご家族にとっても、ひとつの安心になることもあります。
家族も、「症状を見続ける時間」から少し離れていい

普通の会話が大切なのは、ご本人のためだけではありません。
摂食障害を抱える家族もまた、長いあいだ緊張の中にいることがあります。
「今日は食べられただろうか」
「また悪くなったらどうしよう」
「このままで大丈夫なんだろうか」
そんなことが頭から離れなくなることもあるでしょう。
けれど、ずっと症状に注意を向け続けていると、ご家族自身も疲れてしまいます。
前回の記事「拒食症の家族はどこまで見守ればいい?」では、「見守る」ということは、ずっと本人を見ていることではないと書きました。
それは会話についても同じです。
いつも摂食障害について考え、いつも摂食障害について話していなければ、支えていることにならないわけではありません。
ときには病気とは関係のない話をしたり、それぞれが自分のことをして過ごしたりする。
家族自身が自分の日常に戻る時間があることも、長く関わっていくためには大切なことです。
「普通に話さなければ」を、新しい正解にしない
ここまで読むと、
「では、食事のことは聞かない方がいいのでしょうか」
「症状について話さない方がいいのでしょうか」
と思う方もいるかもしれません。
でも、必要なときには、症状について話すことも必要です。
体調に危険があるときには、家族が動かなければならないこともありますし、医療につなぐ必要があることもあります。
大切なのは、「症状の話をしないこと」ではなく、「症状の話だけで関係を埋め尽くさないこと」です。
そして、「普通の会話をしなければ」と頑張りすぎる必要もありません。
「今日は普通に話せなかった」
「また食事のことを聞いてしまった」
と、自分の関わりを採点する必要もないのです。
以前の記事でも触れたように、摂食障害の家族支援に、どんな場面でも通用するひとつの「正しい接し方」があるわけではありません。
普通の会話もまた、守らなければならないルールではありません。病気のことだけではない、その人との関係を残していくための一つの関わり方として考えてみていただけたらと思うのです。
病気ではない、その人との関係を残しておく

摂食障害を抱える大切な人を前にすると、
「何とかしなければ」
「良くなってもらわなければ」
という気持ちになるのは、とても自然なことです。
けれど、家族だからこそできることは、「良くするための働きかけ」だけではありません。
何でもない話をすること。
同じテレビを見て笑うこと。
それぞれ別のことをしながら、同じ部屋で過ごすこと。
病気とは関係のない話題で、ふと会話が生まれること。
そんな一見何の役にも立っていないように見える時間も、病気だけではないその人との関係を、日常の中に残してくれます。
「助けなければ」と思うほど、何かをすることに目が向きます。
けれど、ときには、
摂食障害について話すためだけの関係にしないこと。
それも、ご家族だからこそできる大切な支えの一つなのだと思います。
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