「何がつらいのか、自分でもよくわからない」
「悲しいのか怒っているのか、はっきりしない」
「”大丈夫”と答えるのが当たり前になっている」
そんな感覚に、心当たりはありませんか?
毎日ちゃんと生活できている。人に合わせることもできる。それなのにどこかずっと疲れていて、何を感じているのかわからない。理由を説明できないのに苦しい。
そんな状態になっている方がいます。
それは「感情がない」のではなく、長い間、自分の気持ちを後回しにしながら生きてきた結果かもしれません。
この記事では、なぜ感情がわからなくなるのか、その背景にある心の働きについて整理していきます。

上畠 真紀
公認心理師、精神保健福祉士
経験
18年以上のカウンセリング経験(精神科・心療内科)
専門分野
摂食障害、気分障害、トラウマ、対人関係
「感情がわからない」とは、どんな状態か
感情がわからないというと、「何も感じていない」というイメージを持たれることがあります。
でも実際には、まったく何も感じていないわけではありません。身体はずっと疲れている、緊張している、落ち込みやすい、イライラする——そういった反応は起きています。
ただ、それを「寂しい」「悲しい」「傷ついた」「怒っている」といった感情としてつかみにくくなっているのです。
嫌なことがあっても「まあいいか」で流してしまう。
人に合わせすぎて、後からどっと疲れる。
「本当は嫌だった」と後になって気づく。
何をしたいのかわからない——そんな状態です。
心理学ではこのような状態を「アレキシサイミア(失感情症)」と呼ぶこともありますが、これは単なる性格の問題というより、そうならざるを得なかった背景を持っていることが少なくありません。
なぜ感情を感じにくくなるのか
感情を感じにくくなる背景には、その人なりの”生き延び方”が関係していることがあります。
「ちゃんとしなきゃ」が、感情より先に来ていた
空気を読む、周囲に合わせる、迷惑をかけない、良い子でいる——そうやって頑張ってきた人ほど、自分の感情より「ちゃんとすること」が優先されていきます。
本当は疲れていた、怖かった、寂しかった、傷ついていた。
そういう気持ちがあったとしても、「そんなこと言ってはいけない」「自分が我慢すればいい」と思っているうちに、少しずつ”感じること”より”ちゃんとすること”が当たり前になっていく。
すると、自分でも何を感じているのかわからなくなっていくことがあるのです。
感じない方が、安全だった
感情を感じにくくなる背景には、「感じない方が安全だった」という事情があることもあります。
怒ると否定された、泣くと困られた、不安を見せると弱いと言われた、本音を出すと関係が悪くなった——そんな経験が続くと、心は自然と「感じないようにしよう」とすることがあります。
それは怠けでも弱さでもなく、その環境の中で自分を守るための反応でもあります。
「感情がない」のではなく、「切り離してきた」
「私は冷たい人間なんじゃないか」「何も感じられないなんておかしい」と、自分を責めてしまう方もいます。
でも実際には、感情そのものが消えているわけではありません。
感じる余裕がなかった、感じると苦しくなりすぎた、周囲を優先し続けてきた——そういった積み重ねの中で、感情との距離ができている状態なのです。
感情がわからないとき、まず試してみてほしいこと
「ちゃんと感情を出さなきゃ」と無理をする必要はありません。
感情を探そうとするより、まずは身体の反応に目を向けることが、感情への入り口になることがあります。
肩が固い、呼吸が浅い、なんとなく胃が重い、どっと疲れる——そういった小さなサインでいいのです。
「本当は断りたかったかも」「少し疲れていたかも」くらいの、小さな気づきで十分です。
自分が疲れていたこと、本当は嫌だったこと、ずっと緊張していたこと——そこに少しずつ気づいていくことが、感情との距離を縮める最初の一歩になります。
まとめ|感情がわからなくなるのは、それだけ頑張ってきたから
感情がわからなくなるのは、弱さではありません。
それだけ周囲に合わせ、我慢し、気を張りながら生きてきた結果として起きていることがあります。
「感じられない自分」を責めるより、「自分はどんなふうに頑張ってきたのだろう」と少しだけ振り返ってみること。その視点が、回復の入り口になっていくことがあります。ます。
【さらに詳しく】
感情がわからなくなっているとき、その苦しさが「食べること」に向かっている場合があります。過食の背景にある心理については、こちらの記事も参考になるかもしれません。

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