回避型の恋愛──親密になるほど距離を取りたくなる理由

恋人から、

「もっと気持ちを話してほしい」
「何を考えているのか分からない」
「もう少し頼ってほしい」

と言われる。

でも、自分としては、

「そんなに何でも話さなくてもいいのでは?」
「自分のことは自分で考えたい」
「少し放っておいてほしい」

と思っている。

嫌いになったわけではないのに、相手から近づかれるほど距離を取りたくなる。
大切な話をしようと言われると、面倒になったり、何も考えたくなくなったりする。
一人になると、ほっとする。

このような親密な関係での距離の取り方には、「回避型」と呼ばれる愛着の傾向が関係していることがあります。

回避型というと、

「本当は愛されたいのに、傷つくのが怖くて人を遠ざける人」
「本当は寂しいのに、一人で平気なふりをしている人」

と説明されることがあります。

もちろんそういう人もいますが、すべての人がそうとは限りません。

実際に一人でいる方が楽な人もいます。人に話すことにそれほど必要性を感じない人もいますし、自分のことは自分で決めたいという気持ちが強い人もいます。

それをすべて「本当は寂しいはず」と解釈してしまうと、本人が実際に感じていることを否定することにもなります。

回避型の愛着を考えるときに大切なのは、「なぜ人から離れるのか」だけではなく、「何から距離を取りたくなっているのか」を見ることです。

この記事を書いた人

上畠 真紀
公認心理師、精神保健福祉士

経験
18年以上のカウンセリング経験(精神科・心療内科)
専門分野
摂食障害、気分障害、トラウマ、対人関係

目次

回避型愛着=「人を必要としない人」ではない

愛着とは、大切な人とのつながりの中で、安全を得ようとする心の仕組みです。ただ、安全を保つ方法は人によって違います。

不安になったとき、誰かに話を聞いてもらうことで落ち着く人もいます。一方で、一人になって考えたり、自分の中で整理したりすることで落ち着く人もいます。

後者の傾向が強い人にとっては、人から助けてもらうことが必ずしも安心につながるとは限りません。むしろ、

「自分でやった方が早い」
「説明する方が疲れる」
「心配されると、かえって負担になる」
「今は一人で考えさせてほしい」

と感じることもあります。

一人で問題を解決できることや、自分のペースを守れることは、その人の力でもあります。ですから、人に頼らないことや一人でいること自体を問題と考える必要はありません。

回避型の愛着について考えるときに見ていきたいのは、その人が「一人でいられるか」ではなく、必要なときに人とつながることも選べるかどうかです。

同じ「距離を取る」でも、避けたいものは人によって違う

たとえば、恋人から、「もっと気持ちを話してほしい」と言われたとします。

ある人は、「弱いところを見せたら、どう思われるか分からない」と感じるかもしれません。

別の人は、「気持ちを説明しろと言われても、自分でもよく分からない」と感じているかもしれません。

あるいは、

「話し始めたら、もっと求められそう」
「相手の感情まで引き受けなければならなくなりそう」
「自分のペースで考えたい」
「そもそも一人で整理した方が楽」

ということもあるでしょう。

外から見れば、どれも「気持ちを話してくれない」「距離を取る」という同じ行動に見えます。でも、本人が避けようとしているものは違います。

傷つくことを避けているのかもしれない。自分でも分からない気持ちを説明することを求められる負担かもしれない。相手からさらに求められることへの窮屈さかもしれない。相手の感情に巻き込まれることかもしれない。自分のペースを失うことかもしれません。

だから、「回避型だから親密になるのが怖い」と一つの理由で説明してしまうと、その人の実際の心の動きが見えなくなることがあります。

同じ「距離を取る」という行動でも、何から距離を取ろうとしているのかは、一人ひとり違うのです。

距離を取ることで、自分を保っている

では、なぜ距離を取るという方法が続いていくのでしょうか。

たとえば、恋人との間でこんなことが起きたとします。

相手から「ちゃんと話し合いたい」と言われる。その瞬間、窮屈さや面倒くささ、居心地の悪さを感じる。何を言えばいいのか分からなくなったり、「今は話したくない」と思ったりする。

そこで、話題を終わらせる。一人になる。連絡を減らす。気持ちについて考えないようにする。すると、少し楽になります。

つまり、距離を取ることは、そのときの負担を下げ、自分を保つために実際に役立っているのです。

流れとして整理すると、

ということが起こっているかもしれません。

ただし、これを単純に「悪循環」と考える必要はありません。

距離を取ったことで、本当に冷静になれることもあります。一人で考えた方が整理しやすいこともあります。自分の境界を守るために、「今は一人になりたい」と相手から離れることが必要な場合もあります。

問題になるのは、距離を取ることが、その人にとってほとんど唯一の調整方法になっているときです。

「一人で何とかできる」と「人を頼れる」は別の力

自分で調べることができる。問題が起きたら、自分で解決方法を考えられる。必要なら、詳しい人に質問することもできる。

こうしたことができる人は、周囲からも「自立している人」と見られやすいでしょう。実際、それは大切な力です。

でも、「一人で問題を解決できること」と「人と一緒に問題に向き合えること」は、必ずしも同じではありません。

人と一緒に考えるというのは、答えを持っている人から正解を教えてもらうことだけではありません。

恋人に「自分でもまだよく分からない」と伝えたまま、一緒に考えてみる。話し合ってもうまくいかなかったことを、すぐに「合わない」と結論づけず、関係を続けながら試行錯誤する。自分が弱っているときに、「少し助けてほしい」と伝える。意見が違ったときにも、どちらかが我慢したり離れたりするだけではなく、二人の間で調整していく。

こうしたことには、一人で問題を解決する力とは別の力が必要です。

人に頼れるようになることは、一人では何もできない人になることではありません。

自分でできることは自分でする。でも、自分だけでは難しいときには人を頼ることもできる。

「自分でやる」と「人と一緒にやる」の両方を選べることも、一つの自立のあり方です。

距離を取ることが問題なのではない

ここまで読むと、「では、距離を取らないようにすればいいのか」と思うかもしれません。

そうではありません。

一人になる時間が必要な人はいます。感情が高ぶっているときに、いったんその場を離れた方が落ち着いて話せることもあります。人と一緒にいる時間が長いと疲れる人が、自分の時間を確保することも大切です。

問題なのは、「一人を選ぶこと」ではありません。

むしろ考えてみたいのは、

一人でいることを選べるのか。
それとも、人と一緒にいることが難しいために、一人でいるしかないのか。

という違いです。

同じように、

人に頼らないことを選んでいるのか。
それとも、「人を頼る」という選択肢そのものを持ちにくいのか。

という違いもあります。

たとえば、「今は一人で考えたい。落ち着いたらまた話そう」と伝えて距離を取り、落ち着いたあとに関係に戻ることができるなら、距離を取ることは一つの調整方法として機能しています。

一方で、大切な話になるたびに連絡を絶つ。自分がつらいときほど誰にも言えなくなる。相手とのすれ違いを調整する必要があるときにも、関係から離れることでしか自分を守れない。そして、そのことで本当は続けたい関係まで難しくなっている。

そんなときには、距離を取ることそのものではなく、「距離を取る以外の選択肢を持てなくなっていないか」を考えてみる意味があります。

恋人との間で「追う・離れる」が起きるとき

回避傾向のある人自身は、それほど困っていないこともあります。

「私は別に困っていない」
「一人で考えたいだけ」
「相手が何度も話し合おうとしてくる方がしんどい」

と感じているかもしれません。

一方、恋人は、

「何を考えているのか分からない」
「大事な話になると逃げられる」
「私ばかり関係を維持しようとしている」

と感じていることがあります。

ここで、どちらか一方を「問題のある人」と考えると、二人の間で起きていることが見えにくくなります。

たとえば、一方は不安になると、

「どう思っているのか教えてほしい」
「ちゃんと話し合いたい」
「この関係が大丈夫なのか確認したい」

と、相手との距離を縮めようとします。

相手の反応が気になって不安が大きくなっていく仕組みについては、「恋愛で不安になるとき、心の中で起きている『不安の循環』」で詳しく解説しています。

もう一方は、そうして近づかれるほど、

「今は話したくない」
「少し放っておいてほしい」
「一人になりたい」

と、距離を取りたくなります。

すると、

不安になって近づく
↓
近づかれることで負担が高まり、離れる
↓
離れられることでさらに不安になり、もっと近づく
↓
さらに負担が高まり、もっと離れる

ということが起こります。

一方は、話すことやつながりを確認することで、安全を取り戻そうとしている。

もう一方は、距離を取ることで、自分の安定を取り戻そうとしている。

どちらも安心しようとしているのに、その方法が違うために、お互いの行動がお互いの苦しさを強めてしまうのです。

ただし、これを「不安型は追う人、回避型は逃げる人」と固定的に考える必要はありません。不安が強い人でも、傷つくことを避けるために自分から距離を取ることがあります。回避傾向のある人でも、大切な人を求めたり、離れられることに寂しさや不安を感じたりすることがあります。

愛着のタイプだけで、その人の行動がすべて決まるわけではありません。

「回避型だから」で終わる話ではない

回避型という言葉は、

「なぜ自分は人に頼るのが苦手なのか」
「どうして恋人と近づくと疲れてしまうのか」

といった、自分の対人関係の傾向を理解する手がかりにはなります。

ただ、その言葉から「本当はこう感じているはず」と、自分の内側まで決めてしまう必要はありません。

大切なのは、「回避型かどうか」だけではなく、

私は、何から距離を取りたくなるのだろう。
距離を取ると、何が楽になるのだろう。
距離を取ることで、何を守っているのだろう。
そして、その方法によって難しくなっていることはあるだろうか。

と見ていくことです。

愛着スタイル全体の傾向や他のタイプとの違いについては、「愛着障害と恋愛──愛着スタイルが恋愛に与える影響と安心できる関係の育て方」でまとめて解説しています。

カウンセリングでも、「もっと人を頼りましょう」「気持ちを話しましょう」と、単純に距離を縮めることを目指すわけではありません。

その人が大切にしてきた自分のペースや、自分で考える力を尊重しながら、人との関係の中で負担が高まるときに何が起きているのかを一緒に整理していきます。そして必要であれば、一人で対処する以外にも、自分を守る方法を少しずつ増やしていきます。

一人でも、人と一緒でも、自分を保てるようになる

回避型の愛着について考えるとき、目標は「一人でいることをやめる」ことではありません。
人に何でも話せるようになる必要もありません。

一人の時間が好きなら、それを大切にしていい。
自分で考えることが得意なら、その力を失う必要もありません。

そのうえで、困ったときには、人を頼ることもできる。

まだ自分でもよく分からない気持ちを、分からないまま誰かと一緒に考えることもできる。

距離が必要なときには、「少し一人になりたい」と伝えることができる。

一度離れて落ち着いたあとには、必要なら関係に戻って話し合うこともできる。

大切なのは、どちらか一方になることではなく、選択肢が増えることなのだと思います。

一人でいることも選べる。人とつながることも選べる。自分で何とかすることもできる。誰かを頼ることもできる。

一人で自分を保つ力を失うのではなく、人とつながったままでも自分を保てるようになること。

それが、回避型という言葉だけで自分を決めるのではなく、自分に合った人とのつながり方を育てていくことにつながっていきます。

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